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満福寺 (栃木市) : ウィキペディア日本語版
満福寺 (栃木市)[まんぷくじ]

満福寺(まんぷくじ)は、栃木県栃木市にある真言宗智山派の寺院。山号を「教王山」、院号を「遍照光院」という。奥の細道霊場十八番札所。ご本尊は大日如来(金剛界)。他に開運厄除大師をはじめ悪運断ち三鬼尊・子授け観音・縁結び歓喜天・身代り地蔵尊などを祀る。
==沿革==
鎌倉時代1262年弘長2年)、洛南醍醐寺報恩院の学僧 憲深和尚の室にいた朝海法印が、日光修験に赴いた折、下野国都賀郡太平山の山麓(現 栃木市薗部町)に住坊を建立し、山林修行に励む傍ら天下泰平・万民豊楽の祈祷を行ったことに始まる。
天正年間、皆川城主・皆川広照の栃木城及び城下町造営の際、命によって現在の地(栃木市旭町)に移され、城下町東の木戸守衛を兼ねる。1591年(天正19年)11月には、関東八州に移った徳川家康の鷹狩りの折休息所となり、住持の応接にすこぶる満悦し朱印五石を賜わる。
以来寺勢大いに振い、江戸期には十間四面の大本堂を中心に、大門・御成門・多宝塔・大師堂・薬師堂・不動堂・稲荷社・聖天堂・三鬼堂・大書院・住房等が、広い境内に建ち並ぶ大伽藍を擁した。しかし1862年文久2年)、大火により堂宇をことごとく失った。
以後しばらく無住の時期もあったが、1897年明治30年)、富山県射水郡から出た長澤泰純が晋住して復興に着手。しかし、廃仏毀釈の影響や世の時勢によって復興は思うにまかせず、民家風の仮本堂兼客間兼庫裡一宇にとどまったまま大戦後もしばらく推移した。
全山焼失110年後の、1972年昭和47年)現住 長澤弘隆が晋住し、復興の機運を得て本堂を再建し、1985年(昭和60年)には客殿・住坊を建設。さらに、2011年平成23年)、開創750年を期に新本堂「大毘盧遮那殿」を建立。旧本堂は大師堂となり、同時に境内も大規模整備された。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
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